戦略

T細胞には様々な種類があり、それぞれ特別の機能を持っています。T細胞自身が細胞障害などで働くのみならず、他の細胞の働きもコントロールします。またT細胞のある場所も様々で、リンパ系、血液、小腸などの粘膜、がんを含む炎症部位、感染部位などです。

埼玉医科大学国際医療センターの教授である各務博先生は、新潟大学におられるときに、マウスを用いた動物実験によって、体内にがんがあると血液中のある種のCD4 T細胞(CD62Lというバイオマーカーが低発現の細胞、CD62Llowと記載)には抗がん作用の働きをもつものがあり、別の種類のCD4 T細胞(制御性T細胞)にはその抗がん作用を抑えるものがあることを見出しました。また小細胞肺がんの患者では、血液中のこの2つの種類のCD4 T細胞の数の比率によって、肺がんが限局型か進展型か変わることを発見し、ヒトにおいても血液中のCD4 T細胞の種類が抗がん免疫に影響を与えると推測しました。

さらに免疫チェックポイント阻害薬であるPD-1抗体(抗PD-1抗体)の効果は、患者の免疫状態、つまり血液中のCD4 T細胞の状態によって決まっていると考え、非小細胞肺がん患者の血液中のCD4 T細胞の頻度とPD-1抗体の効果の関係を調べました。その結果、血液中のCD62Llow CD4 T細胞の頻度をX、血液中の制御性CD4 T細胞の頻度をYとしたときのX2/Yの値により、PD-1抗体の効果予測ができることを臨床試験により明らかにしました(in press, Cancer Immunology Research、特許)。

この効果予測方法を内容の一部に含む特許は埼玉医科大学より出願され、イミュニティリサーチ株式会社がその独占実施権を取得しました。この方法の実用化のため、シスメックス株式会社に権利の一部をライセンスアウトして、同社が診断薬を開発中です。

直接抗腫瘍効果を示すのは、主にCD8 T細胞と言われ、CD8 T細胞ががん細胞を認識して細胞障害活性を示します。ただし、PD-1抗体はがん細胞とCD8 T細胞との間のPD-1とPD-L1との相互作用を妨害すると言われてきましたが、PD-1抗体の作用には樹状細胞等におけるPD-L1発現が必要であり、またCD4 T細胞も関与する、など、がん細胞とCD8 T細胞の間の相互作用以外の重要性が指摘され、PD-1阻害薬の効果についてはまだ不明な点が少なくありません。同じ免疫チェックポイント阻害薬である抗CTLA-4抗体は、リンパ系で働いてT細胞免疫のブレーキを外し、がん細胞に直接作用しません。

現在、上記のX2/Yの値が他のがん腫にも当てはまるのか、他の免疫チェックポイント阻害薬の効果予測にも使えるのか、埼玉医科大学において研究が進められています。

また血液中のT細胞の種類を明らかにする意義は、PD-1抗体の効果予測だけではないことも示されつつあります。各務教授は、同じX2/Yの値を求めると、PD-1抗体投与後に長期生存(5年以上)する患者を予測できることを示しました(上記論文、特許出願中)。またPD-1抗体投与による他の影響も予測できます(特許出願中)。さらにX2/Yの値からPD-1抗体の効果を期待できない患者に対して、別の治療をすると効果の期待できるタイプに変わることがあることも判明しました(特許出願中)。

以上より、 X2/Yの値を求めることにより、各患者に対してX2/Yの値に応じた診療方針を決定することができます。すなわち、PD-1抗体投与に対するプレシジョン・メディシン(精密医療)を実現できると考えています。

さらに、血液中のT細胞には上記のXとYに該当するCD62Llow CD4 T細胞や制御性CD4 T細胞以外にも多数のサブタイプあり、それらの集団に属する細胞の数を網羅的に数えると、様々なことがわかると予想できます。またT細胞だけではなく、同時になるべく多くの種類の細胞の数を数えてデータ化すれば、より多くのことがわかると期待できます。このようなある個人のある瞬間の免疫状態を明らかにする作業は免疫モニタリングと呼びます。  

以上より我々は、血液中の免疫細胞のモニタリングを行うことによって、免疫細胞のパターンと様々な患者の状態とを関連付けることを目指しています。

そのために、

  • ■ 多くの血液検体を用意する
  • ■ 多くの検体を処理し、安定に測定する系を作り、実行する
  • ■ 免疫細胞のビッグデータを取得し、保存して、解析するシステムを作り、実行する
  • ■ 測定データより論理的、数理的手順でインサイトを得る

という方針で、免疫モニタリングシステム開発を進めます。